クロガネ・ジェネシス
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第ニ章 アルテノス蹂 躙
第48話 参戦者
零児がレジーに殴りとばされてから、数分。
零児は閉じられた瞳のまま、虚空を見つめていた。気絶しているのかどうかさえよく分からない。分かるのは意識だけはっきりしているということ。
もし自分が死んでいるとするならばここは死後の世界なのか、それともそんなものは存在せず、自分はまだ生きているのか。確かな意識はある。きちんと考えることができる。だから自分はまだ生きていると判断する。
ならば……今どうするべきなのか?
決まっている。レジーを倒す。そうしなければ、全てが終わってしまう。大切な仲間達が死んでしまう。
そこまで考えて、零児は1度思考を停止させる。
――俺は……なんの為に戦っている?
とても単純で、恐らく一番出すのが難しい答え。
――……なんの為だったんだっけ?
自分の過去を振り返る。
最初は自分が、昔犯した罪を償う為だったはず。しかし、今はどうだ? 漠然と、レジーの人殺しが許せないから戦っているだけではないのか?
自分の戦う理由は、そんなものだったのか?
分からない……。分からないけど、そんなこと考えていたら身動きが取れなくなる。分からないから、答えを求めて戦う。でもそれは何か……違うような気がする。そもそも戦うことに理由がいちいち必要なのか?
命を奪うことに理由がいちいち必要なのか?
――違う! こんなことじゃない! もっと根本的な……戦おうと思った理由があった筈だ!
でもそれが思い出せない。ずっと昔、自分の罪を償おうと思った時より、もっと前にあった。あった筈だった。
――俺が命をかけてまで、戦う理由……。俺は……。
自分の罪を償いたい。その思いに嘘はない。しかし、それはどんな方法で? そんな曖昧な理由ではなかったはずだ。
――あ…………思い出した。
どこに行けばいいのかもわからない。そこがどこなのかもわからない。そんな状況下で見つけた、涙を流し、泣き叫ぶ少女。怯えていた、泣いていた、叫んでいた。どうして泣いているのだろうと考えていると、どうやらその少女は"殺される≠轤オかった。
理由は亜人だから。
それだけだった。その少女の泣き顔が、叫び声が。今まで自分が殺してきた人間達とダブった。自分が今まで、殺してきた人達もあんな顔をしていた。だから、胸が酷く痛んだ。
――なぜ……俺は人を殺していたんだ?
――何のために?
――どんな理由で?
覚えているのは自分が操り人形だったこと。誰かに操られていたこと。だから殺すことになんの疑問も抱かなくなっていた。しかし、そんなこと理由にならない。
自分は人殺しだ。それだけは変わらない。
そんな自分でも、命を救いたいと思った。亜人だからという理由だけで殺される所だった、少女を。
――ああ、そうだ……俺は……あいつに……笑ってほしかったんだ……。
少女の笑顔。それを守りたい。それが一番最初に、零児が戦おうと思った理由だった。そのためにどうすればいいのかを考える内に、至った答えがある。
亜人も人間も一緒に住まうことのできる世界を作ればいい。そう、最初の答えはそれだった。
いつしか忘れていた。
カイルに拾われ、安穏とした時が流れていた頃、その目的は、自分の罪の償いへと変わっていった。
――あいつは……いつだって俺のことを思ってくれていた……それなのに……。
――俺は、いつも目を背けてた……。あいつの気持ちから……。俺は汚れている自分が嫌いだった。あいつの笑顔が眩しかった。
――火乃木……本当に……俺でいいのか? 俺が……汚れていても! それでもいいのなら、俺は、お前の気持ちに答えたい!
――あいつのために、この人生を使いたい! あいつの……笑顔のために!
たくさんの火乃木の笑顔が泡のように思い出されては消える。
自分の今までの考え方からすると矛盾することもあるかもしれない。歩き出す度に矛盾と直面し立ち止まってしまうこともあるかもしれない。たくさん悩むことも、たくさん迷うこともあるだろう。
それでも、火乃木の気持ちにだけは応えたい。
火乃木の思いにだけは応えたい。
その上で、できる限りのことをしたい。
――俺はこれからも戦うだろう……。
――あいつの……火乃木の笑顔のために俺は戦う!
そこで、零児は目を覚ました。
「もうやめろおおおお!!」
「!?」
誰もが空気を切り裂くかのような声に反応した。
怒りのボルテージが頂点に達そうとしていたレジーも、悲痛な叫びに耳を貸さざるを得ない。普通の人間ならば無視していたその声は、火乃木のものだった。
「あんたは……」
目を細めて、レジーは火乃木を見る。火乃木の手には血にまみれたダガーナイフが握られている。周りに落ちていたものだ。レジーと戦うために
「何の用?」
レジーは目を細める。その瞳はバゼル達を見る目とはいささか違うようだった。
「ハァ……ハァ……」
火乃木はダガーナイフを握っていない左の手の平を握りしめる。
「ハァ……ハァ……」
握りしめた手の平を開く。そしてまた握りしめる。
「ハァ……ハァ……」
怖かった。目の前の死神が。
膝が震えていた。恐怖のあまりに。
息をするのも忘れてしまいそうだった。
喉が張り付きそうだった。乾いた唇はカサカサだ。目の奥が熱い。泣き出してしまいたい衝動に駆られる。
「ハァ……ハァ……フゥ!」
それでも、火乃木は言葉を絞り出した。
「どうして……こんなことが……できるんだよ……」
小さな言葉だった。それでも一言一言、区切りながら、しかし確かな言葉を発していく。
「なんで、こんなことして、なんの意味があるんだよ……!」
「意味ならあるわ……復讐よ。こいつらはあたしの兄弟の命を奪ったわ。だから殺すの……」
「それ……あんたが最初に人間に牙を向けたからじゃないの?」
「そうよ。でも、まさか返り討ちに会うなんて思わなかったわ。だけどね、もうそんなことどうでもいいのよ。こうなった以上は、殺し合うしかない。理屈じゃないのよ」
「じゃあ、なんの為に人間を殺すの!? そんなことしなくたって、平和に生きていけたはずじゃないの!?」
次の瞬間、レジーは怒声を張り上げた。
「なんで人間と一緒に人生歩まなきゃいけないのよ!! 人間と平和を築くなんて虫酸が走るわ! あんたも亜人ならわかるはずよ……人間の身勝手さ! 気まぐれさが! 奴らは自分達さえよければ良いのよ! あいつ等のせいで、あたしは1度死んだわ! 死んで蘇った! 人間に復讐するために!」
火乃木は1度瞳を強く閉じる。首を静かに横に振り、息を整える。
「……そうかな? そんなに人間って自分勝手かな?」
その言葉には亜人である火乃木だからこその説得力があった。
「少なくとも、あたしが見てきた人間はそうだったわ……」
「ボクは……そうは思わない……」
「何でよ?」
レジーは見るからに不快感を露にする。
「ボクが見てきた人間は……少なくとも自分達のことだけを考えて生きている人達ばかりではなかった……。確かに悪い人達だっていたけど、いい人達もいた。でなきゃ……亜人であるボクが……男の人……人間の男の人を好きになるはずがない!」
「それはあんたが人間に飼い慣らされているからよ……」
「違う!!」
火乃木は声を張り上げ、ゆっくりと首を横に振る。
「違う……。人間にも、いい人と悪い人がいるんだ……。正義と悪だけで、割り切れるものじゃないんだ……。そんなの、亜人だって同じこと……。ボクは……ボクは人間を信じる!」
「あーそう……!」
レジーの瞳に敵意が宿る。
「……!」
そうなることはわかってはいた。
これだけのことをしたレジーに説得なんて無意味なことくらい。どうあっても意見が決裂することくらい分かっていた。
だけど、みんな傷つき、倒れていっている。自分だけが逃げまどい、泣いているわけにはいかない!
「ボクが、お前に勝てるとは思っていない……。だけど……!!」
火乃木は瞳をきつく閉じる。
「ボクはみんなが好きだ! レイちゃんが好きだ! だから……!」
「……?」
「だから戦うんだぁ!!」
そして意を決して走りだした。
「だめよ火乃木! 逃げてぇ!!」
「殺されるぞぉ!!」
「うあああああああああああああ!!」
レジーは火乃木の攻撃をよけようとすらしなかった。
ナイフはあっさりとレジーの胸に突き刺さる。
火乃木はレジーの胸に倒れ込むように体を預け、刃を握りしめていた。
「バカね……あんたみたいな子……あたし結構好きだったのにさ……」
レジーは右手で火乃木の頭を鷲掴みにし、引き剥がす。
「うっ……!」
「あんたは昔のあたしに似てる……ひょっとしたら分かりあえると思ってた……けど」
火乃木は目から涙を流していた。
――ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!! ボクじゃ……だめなの? ボクに……もっと力があれば……!!
「残念だわ……」
レジーは鷲掴みにした火乃木の頭を放り投げる。
「うっ……」
倒れ伏す火乃木。己の無力さを思い知るだけの結果になった。
――ちくしょう……。
「レジー……」
その直後、アールが口を開く。
「なによ、人形……」
「フッ……。人形か……貴様、その娘のような行動を取れるか?」
意味がわからない質問だ。
「どういう意味?」
「その娘のように、自分より強大な力を持つ存在に立ち向かうことができるのかと聞いているのだ」
レジーは疑問に思う。そのような質問にどんな意味があるのかと。
「なにが言いたい?」
「お前に立ち向かっていった、その娘の行動は一見蛮勇でしかない。下手をすれば犬死にするだけだったかもしれない。
しかし、そこに確かな覚悟があるのなら、それは犬死にでも蛮勇でもない。
貴様に立ち向かっていった多くの人間と亜人達には確かな勇気があった。貴様には、それと同等だと言えるほどの勇気があるか?」
「……あるわよ」
「否、そんなもの貴様にありはしない。勇気と蛮勇は違う。ただ、立ち向かえばいいというものではない。少なくとも……あの男、鉄零児《くろがねれいじ》にはあったぞ? 高潔とも言えるほどの決意と勇気がな」
「いい加減……黙った方が身の為よ……」
しかし、アールは口を閉じようとしない。さらなる言葉を紡ぎ続ける。
「レジー貴様は確かに強い。しかし、決して無敵ではない。現に貴様の肉体には傷が増えていっている。延々と、貴様を打倒しようとする者達の攻撃を、今後も受け続けることができると思うか?」
「あたしは不死身よ……!」
「そうかもしれん。しかし、実際はそうではない。覚えておくことだレジー。力に溺れた者は、いずれ力を持たぬ者達に食い破られることになると!!」
その時、アールの横を何かが駆け抜けた。
闇夜に一筋の光が煌めく。それは風のような速さで、駆け抜ける一筋の閃光。
レジーはそれが自分に対して牙を向くものだと即座に理解し、大きく跳躍して後退した。同時にその閃光が、跳躍し、鈍く輝く光をレジーに向ける。
レジーと閃光は同時に地を踏む。レジーと、鉄零児の二人が。
「浅かったか……」
「……な!?」
レジーは驚愕した。零児の持つ一本の刀。その刀によって彼女の胸部は浅く斬られていた。
それだけなら別段驚くことではない、問題は切り口が、とてつもない熱を帯びて焼け付いていることだった。
「どういう……!!」
零児はゆっくりと顔を上げる。
彼が持つ刃は刀身の一部、刃そのものが溶けた鉄のような鈍い光を放っている。かと思うと、その刀身全体を、無数の小さい破片のようなものが覆っていき、刃を覆う鞘へと姿を変えた。
「人間って奴は……どいつもこいつも諦めが悪くてしつこいわね……!!」
いらだたしげに零児を睨み付ける。
「それもまた、人間の美徳の1つだがな……」
零児は静かにそう言った。その表情は今までと違っていた。まるで何かを決意したかのような潔い覚悟を滲ませている。
「お前の不死の肉体。そのカラクリがようやく解けたぜ……」
「へ〜そう? 言ってごらんなさいよ」
この時、レジーの表情に焦りの色が浮かんだのを、零児は見逃さなかった。
「頭に血が上ってるときは気付かなかったが、お前の体はとても妙だった。いくら斬りつけても、肉を斬る感触よりも、鉛と鉛をぶつけたような鈍い感触の方が大きかった。
お前の肉体には、損傷から再生させる魔術の媒体として、大量の鉄線が、毛細血管のように体中に埋め込まれている。お前の体が傷つくと、その鉄線に仕掛けられた魔術が自動で発動し、損傷した肉体を再生させる。
違うか?」
「フ、ッフフ……驚いたわね……」
不適に笑うも、レジーの表情から余裕は消えていた。
それは肯定と道義だった。
「当たりのようだな……」
「……」
レジーは軽く舌打ちした。零児が自分の肉体の秘密を看破したのは驚きだった。が、そんなことより気になることがある。
「その刀は何よ?」
そう、レジーの胸元を引き裂いた、鈍いを光を放つ刃。今は鞘に収まっている。その鞘には六角形の模様のようなものが走っている。
「お前を倒すための刃さ……」
そういって、零児は火乃木を見た。
「火乃木!」
「は、はい!」
放心していた火乃木は驚いて零児を見る。
「万が一、最後になったらアレだから言っておく」
「……?」
「お前は今も、俺のことを好きでいてくれるか?」
「な……!?」
火乃木の顔が赤くなる。
零児とて、場違いなことを言っていることは分かっている。だが、それでも今伝えておきたい。そうしなければ絶対後悔すると思うから。
零児は笑顔で言葉を繋ぐ。
「色々考えたんだけどさ……。お前の気持ちに、応えたいと思う。お前の思いを、受け止めたいと思う!」
「レ、レイちゃん……」
「一緒に……歩もうぜ。これからの人生をさ……。お前と一緒でありたいんだ」
火乃木は自分の胸に手を当てる。胸が高鳴っていくのを感じる。
「俺が言いたいことはそれだけ!」
そういい切り、零児は再びレジーに瞳を向けた。
「あんた……あたしのこと随分舐めてない?」
「さあ、な……」
零児は鞘に納まったまま刃を構える。
「さあ、三度目の正直と行こうか!」
それが戦いの合図だった。
レジーは自らの右手を振りかぶり雷《いかずち》の塊を零児に向けた。
爆炎と煙が、零児を包み込む。
「レイちゃあああああああああああああん!!」
誰もが、零児の死を予想した。
煙が収まり、零児がいた場所がはっきりと姿を現す。
「何!?」
零児はそこに立っていた。鈍い光を放つ刃を携えて。
否、よく見ると刃の周辺に黒い金属片が、盾のように零児の前に展開されていた。その金属片は緑色の細い光で繋がっているように見えた。
「教えてやるよ」
零児は不適に笑う。
「この鞘は、刀身を収めることだけが目的ではない。鞘そのものがいくつもの小さな破片に分離し、衝撃から身を守る盾になる! お前の雷《いかずち》は、もう俺には通用しない!」
「馬鹿な……!?」
雷はあらゆる攻撃手段の中で、もっとも防ぎ難く、もっとも大きな破壊力を持つ自然の力だ。それが人間である零児に防がれる。それはレジーの亜人としての力が通用しないということだ。
「クッ……!」
レジーは大きく跳躍し、零児の真上に雷を叩き落した。
零児は即座に、右手に持った刀を上に向ける。
再び零児の周囲に爆煙が広がる。
レジーは着地と同時に驚愕した。
「そんな……」
零児は健在だった。
「レジー……悪いが……お前を倒させてもらう!」
刃を構え、零児は走り出した。
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